自前の選手を育て上げることよりも、すでにトップレベルに達している選手を他クラブから集めて、より強いチームを作ることを目指していたかつてのビアンコネーリ。
しかし、ここ数年間、MFファビオ・ミレッティやFWモイーズ・キーンに代表されるように、ユベントスはトップリーグでも通用する高い技術を持った選手たちを続々と排出することに成功しています。
ユベントスのNext Gen(Bチーム)やU19といった下部組織で上位のカテゴリーでは、MFルイス・アーザやDFタリク・ムハレモヴィッチなど世代別代表にも常連の選手が目立っており、明るい話題には事欠かない状況です。
U17以下のカテゴリーでも、FWフランシスコ・バリドをはじめとして、これから注目を集めるであろう逸材たちが競い合っています。
そして、選手育成の更なる高みを目指すこのクラブは2020年7月、ユース部門での練習メニューに“フットサル”を本格的に導入した新しい試みに着手しました。
ここでは、ユベントスの育成部門がトレーニングにフットサルを導入した理由や経緯を解明します。
1.フットサル・イン・サッカー
ユベントスの育成部門がフットサルを導入する以前より、イタリアでは「サッカーとフットサルの連携を深めよう」という動きがありました。
これが「フットサル・イン・サッカー」です。
2017年、イタリアサッカー連盟フットサル部門の会長アンドレア・モンテムーロ氏の働きかけにより始動したこの企画。
実際の立案・運営などは、アルフレド・パニッキア氏とアレッシオ・ムスティ氏が担っています。

アルフレド・パニッキア
フットサルの指導者。選手時代を過ごした後、イタリアのさまざまなクラブチームで監督を務める。2023/24シーズンはイタリア1部のL84で監督としてクラブを率いる。
イタリアを代表するフットサルチームのひとつであるL84は、元ユベントスのクラウディオ・マルキージオ氏がアンバサダーを担当するクラブとしても有名。

アレッシオ・ムスティ
フットサル選手時代にはイタリア国内の名門クラブチームでキャリアを重ね、イタリア代表でも活躍し、数々のタイトルを獲得した。
フットサルイタリア代表の監督を務めていたこともある、イタリアフットサル界の権力者。
イタリアサッカー連盟フットサル部門のテクニカル・マネージャーであり、フットサルの方法論に関するUEFAコースの講師でもある。
「フットサル・イン・サッカー」の主な内容は、サッカークラブの下部組織が行う練習メニューにフットサルを導入するなど、サッカー選手を目指す育成年代の子どもたちにフットサルも楽しんでもらうというもの。
サッカーの練習にフットサルのエッセンスを取り入れることで、サッカークラブ側はフットサルで求められる細かいボールコントロール技術の習得や、これまでとは異なるアプローチによる選手育成のきっかけを掴むことができ、フットサル側は市場規模の大きなサッカーと関係性を深めることで、フットサル市場の拡大を狙います。
フットサルとサッカーを繋げることを目的としたこのプロジェクトは、2018年にイタリアがロシアW杯出場を逃したことにより、その歩みを加速させることに。
さっそく同年2月には、ACミランの下部組織にパニッキア氏やムスティ氏らが赴き、アカデミー生たちにフットサルで特に求められるボールタッチ技術や素早い状況判断などを指導。
ウディネーゼやトリノ、ボローニャ等のセリエAのクラブも早期からこのプロジェクトの受け入れ態勢を整え、イタリア国内でフットサルとサッカーの関係性がより親密になっていきました。
2.ユベントスのフットサル・プロジェクト
(1)プロジェクトの黎明期
2020年7月、ユベントスはフットサル・イン・サッカーの運営者のひとりであるアレッシオ・ムスティ氏を新たにクラブのスタッフに招き入れ、ユース部門の練習にフットサルを導入することを公式発表しました。
ビアンコネーリのユース部門にすでに存在するナレッジとムスティ氏の提供するフットサルの知見とを統合することで、ユベントスの下部組織に所属する選手の総合的なレベルアップを目指します。

ユース年代の成長のためのフットサル・プロジェクト誕生
2020年7月16日
ユベントスでの経験を飛躍的な成長期に変えること、それはユース部門が常に目指してきたことです。この一環として、今年はフットサル・プロジェクトという重要な新機軸があります。
このアイデアは、サッカーとフットサルという2つの種目を基本的な活動から統合することで、フットサルが伝えることのできるすべてのスキルを身につけさせ、若い選手たちの成長の道をより完全なものにしたいという願いから生まれました。
このプロジェクトは、U7からU14までのカテゴリーを対象としており、各カテゴリーで毎週特定のトレーニングが行われます。
ケルビーニ(当時のユベントスのフットボール・ディレクター)のコメント
「このプロジェクトは、少年たちの成長過程を完成させるためにフットサルの方法論を適用することによってもたらされる機会を慎重に分析・評価した結果生まれたもので、マッシミリアーノ・スカリア(アカデミーマネージャー)とルイジ・ミラーニ(U13~U7年代アカデミー監督)の管理下で実施されるものです。」
「その目的は、若い選手の技術的・戦術的・認知的スキルを成長させ、高みを目指すための新たなアプローチを模索することにあります。
ムスティ氏のような経験を持つ技術者のスキルとプロフェッショナリズムを活用する機会を得たことに感激しています。」
フットサルに関心を高めるサッカークラブが増えていくなか、伊フットサル代表の選手・監督経験があり「フットサル・イン・サッカー」の中核を担うムスティ氏をクラブスタッフに登用したことで、ユベントスはカルチョ界のフットサル・ムーブにおいて一気に先頭へと躍り出ることになりました。
そして、当初、ユーベU14までのカテゴリーに導入されたフットサルは、その半年後にはU17(U19の一つ下)まで拡大されました。
(2)周辺地域の小規模クラブにフットサルの有用性を共有
2023年5月には、「トレーニング手段としてのフットサル」をテーマにしたミーティングが、ヴィノーヴォにあるJTC(ユベントス・トレーニングセンター)で開催。
このイベントの目的は、「選手育成のノウハウが確立していない小規模クラブに『ユベントスの選手育成の方法論』を伝達・共有すること」および「周辺地域にも“フットサルとサッカーの統合”という新たな価値観を根付かせること」にありました。
ユベントスが本拠地を構えるピエモンテ州や隣接するヴァッレ・ダオスタ州にある合計16のアカデミーが参加し、州境を越えた関係性が築かれます。

ムスティ氏のコメント
「当初、私たちのフットサル計画はU14までの基本的な活動のみを対象とした統合プロジェクトでしたが、数ヶ月後には、U17にまで拡大されました。
そして今年、このプロジェクトをさらに強化するために、クラブはアレッサンドロ・バガラというもう一人のコーチも導入しました。」
「フットサル・プロジェクトの効果は、3年間私たちの指導下にあった少年たちに表れています。個々の技術が向上し、足裏を使う能力などプレーの幅が広がりました。デュエルに立ち向かう能力や狭いスペースでの動き方の成長など、フットサルの典型的な特徴でありながら、今日のサッカーでは非常に重要なことが効率的に習得できています。」
「私たちは、少年たちにできるだけ多くの技術的な知識と経験を与えたいと考えており、国内外の多くの大会に出場してきました。そこでは、多くの観客が見守るなかで、信じられないような成長の瞬間を見ることができます。」

アレッサンドロ・バガラ
1990年生まれ、ラツィオ出身。
イタリアのフットサルクラブであるスポルティング・ユベニアやラツィオで監督としてチームを牽引した。
FIGCのコーチングスクールでは、2016年に「フットサルにおける『4-in-Line』システム」というテーマで51ページにおよぶ卒業論文を執筆している。
イタリアフットサル界の権威者であるムスティ氏をクラブのU19以下のテクニカル・コーチに登用したユベントスは、若くしてフットサル指導者としての実績も十分なバガラ氏を新たにコーチ陣に招き入れ、一連のフットサル・プロジェクトを強化していきました。
そして、このクラブはこうしたフットサルの有用性に着目した育成メソッドを独占することなく、率先して周辺地域の小規模クラブにも共有し、ユーベユースに所属する選手のみならず多くの子どもたちの技術的な成長に寄与しています。
(3)最近の動向
これまでに見たように、積極的にフットサル・プロジェクトを展開してきたユベントス。
ここでは、その活動実績の一部として、2024年1月・2月のプロジェクト・レポートをご紹介します。
U14 >国際フットサル大会「International U14 Styrian Indoormasters」

2024年1月、ディ・ベネデット監督が率いるユベントスU14は、オーストリアで開催されたインドア・フットサルの国際大会「International U14 Styrian Indoormasters」(第5回大会)に参加しました。
ドルトムントやベンフィカ、ライプツィヒなど、欧州各国から合計32クラブが集まったこの大会。
ユベントスU14は上位入賞できませんでしたが、こうした規模の大きなコンペティションにイタリアを離れて参加することは、14歳前後の子どもたちにとって貴重な経験となったことでしょう。
U12 >欧州フットサル大会「Michel-Gallot」

2024年2月、ロレンツォ・ニエッロ監督が率いるユベントスU12は、フランスのディジョンで開催されたフットサルの国際大会「Michel-Gallot」(第40回大会)に参加しました。
12歳以下の選手が出場できる同大会には、アヤックスやポルト、マンチェスター・シティといった欧州各国の育成名門クラブや、マルセイユ、リヨン、リールといったフランス国内の強豪クラブなど、合計20チームが参戦。
前回大会でアヤックスに敗れ準優勝に終わったユベントスU12は専門コーチであるバガラ氏の指導のもとリベンジを狙うも、惜しくも準決勝で敗退してしまいました。
観客数4000人を記録したこの大会は、リヤド・マフレズやアイメリク・ラポルテなどの有名プロサッカー選手も応援ビデオを寄せ、大きな注目を集めたようです。
U11 > CSIタレントカップ

2024年2月、ダヴィデ・ラ・ピラ監督のユベントスU11は、スイスのジュネーブで開催されたインドア・フットサル大会「CSIタレントカップ」(第10回大会)に出場。
チェルシーやアトレティコ・マドリード、バイエルン・ミュンヘンなど、欧州各国の名門クラブが名を連ねたこの大会では、合計24クラブが参加しました。
イタリアからはユベントスとインテルが参加し、それぞれ9位と14位でフィニッシュ。
一方、同大会と平行して行われた7vs7形式の大会では、ユベントスU11は準優勝に輝きました。
3.マルキージオも注目する“フットサルの真価”
トリノの北東、ヴォルピャーノに本拠地を構える“L84”は、イタリアのピエモンテ州を代表するフットサルクラブです。
このクラブは、元ユベントスのクラウディオ・マルキージオ氏が経営に携わっている「Mate Agency」(アスリートのためのエージェント会社)とパートナーシップ契約を締結していることで知られています。
マルキージオ氏はL84が主催するイベントに度々顔を出しており、フットサルに着目している著名人のひとりといえるでしょう。

マルキージオ氏のフットサルに関するコメント
「このL84をトリノとその近郊におけるフットサルの最高峰に位置付けるとともに、イタリア全体でのフットサル・ムーブメントの発展に貢献したいです。
そして、できるだけ多くの人々にフットサル全般を身近に感じてもらいたいと考えています。」
「多くの国で、フットサルは11人制サッカーの下位互換とみなされていますが、私たちは、フットサルに対する大きな需要があることを確信しています。
ロナウジーニョ、ドグラス・コスタ、ネイマール、ベン・イェデルといった世界でも重要なサッカー選手たちは、フットサルによって戦術的・技術的に成長した過去があります。」
「特に、フットサルを若い子どもたちに教えることは重要で、これについて、L84はユベントスとも協力しています。
フットサルは、たくさんのテクニックがあり、たくさんの動きがあります。疲れるけど、楽しいし、一瞬で結果が変わるスポーツです。」
4.まとめ
2017年よりイタリアで始動した「フットサル・イン・サッカー」は、カルチョにおける選手育成の価値観に大きな変化をもたらしました。
ユベントスは2018年にイタリアで初めてセカンドチーム(現在のユベントスNext Gen)を創設したことからも分かるように、このような最先端の分野や新たな動きに常にアンテナを張り巡らせています。
そして、2020年にはアレッシオ・ムスティ氏やアレッサンドロ・バガラ氏といったフットサル専門家をクラブにスタッフとして招き入れ、「フットサル・プロジェクト」を整備。
現在、ユベントス・アカデミーは、サッカーだけでなくフットサルの魅力も伝えたり、国内外のフットサル大会に積極的に参加したりと、あらゆる角度から理想的な選手育成を模索するとともに、少年たちに様々な経験の機会を提供しています。
このように、まだ何にでもなれる少年たちに、サッカーに絞らず様々な可能性を示すことは、「トッププロの輩出」に並ぶアカデミーの大切な使命ではないでしょうか。
ユベントスの下部組織は、プロサッカー選手を目指す少年たちをサポートする育成機関であるとともに、彼らの健やかで自由な成長を見守り、保護する教育機関でもあります。
“Live Ahead”(「時代の先」の意)をクラブの精神として掲げ、変化・改革をおそれないビアンコネーリ。
長らく「サッカーの下位種目」と認識されてきたフットサルですが、このクラブが2020年から着手した「フットサル・プロジェクト」、すなわち「フットサルとサッカーの統合」という価値観は、今後カルチョの新たなスタンダードになるかもしれません。
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